先日、インターネットを徘徊していたところ、中国では今まで全く見たことのない特殊なダンスが流行しつつあることに気づきました。 高速の4つ打ちダンスミュージックに合わせて、老人や子供までもが躍る……この新しい現象は『快八(クァイバー)』と呼ばれています。

今のところ中国黒竜江省ハルビン市でのみ観測できる、この現象について紹介してみようと思います。

ハルビン市発(?) 老若男女が興じる高速ダンス『快八(クァイバー)』とは

筆者が今まで全く見たことのない特殊な広場舞(ゴンチャンウー※)が、黒竜江省ハルビン市で流行しつつあることに気づいたのは最近の事。 その様子は、高速四つ打ちダンスミュージックに合わせて、老人や子供が独特かつ大胆なステップで激しく前後左右に動いているというもの。

※後ほど詳しく説明しますが、これまでの中国の広場舞(ゴンチャンウー)というムーブメントは主に中高年の女性が主導しており、10代~20代の若者が公園に集って集団でダンスをするという事はあまり多くありませんでした。

これは、筆者が中国に滞在していた2019年末までは、おそらく存在しなかった新しい形態のダンスです。

言葉で説明するよりも、観てもらったほうが解りやすいでしょう、下記に『快八』と呼ばれている動画をご紹介します。

※各動画は、快手(kuaishou)という中国のモバイル動画サービスへの投稿ですが、埋め込み機能が無いので、リンクにてご覧ください。

高速ダンスミュージックで激しく踊るお年寄り

お年寄りも若者も激しく踊っています。 筆者が観測できた限りでは、最年長の快八ファンは76歳のようです。

前の動画の方と同一人物だと思われる、バッドばつ丸のTシャツを着たお年寄りは、安全を考慮しているのか隣の人との間隔を広くとっています。

隣の人と、うまく同期して移動する事が出来れば、それぞれの間隔は一定になるのですが……中々難しそう。

上級者や若者は、より高度に踊る

上級者や若者になると、より密になって激しく快八を踊ります。

公園や広場で、各々が2メートル四方ほどの空間で周囲の人と同期しながら移動するため、音楽の速さに合わせて正確にステップを踏む必要があります。少し間違えると、前後左右の人とぶつかってしまうでしょう。

この動画では、手前では若者が躍っていますが、後ろには年配の方も。 特に目を引くモヒカンの若者は头狼(頭狼 トウラン)氏。

快八の動画を探していると度々出てくる彼は、下記の二つの動画でもひと際ダイナミックな動きを披露しています。

もちろん、头狼氏以外の若者も踊っています。

さらに後ろには子供の姿も。

この動画の头狼氏は、上半身裸、下半身は肌に近い色のズボンをはいているいるため、一瞬違う意味でびっくりします。

子どもにも大人気

先の動画にも少し写っていましたが、老人や若者だけではなく、子供も快八を楽しんでいます。

女の子、そして少し大きい男の子が躍っています。 後ろにはまだ慣れない様子のおじいさんも。

中国では学校教育にダンスが採り入れられているが、それは子供たちにとってダンスは好むと好まざるとにかかわらず『やらされる』もの。

反面、この動画は授業でも、課外活動でもなく、娯楽として自主的に踊っています。

風情のある旧市街コミュニティでも

こちらは、風情のある旧市街の広場で、中年も若者も子供も一緒に踊るという微笑ましいシーン。

下町情緒や、暖かな地域コミュニティの繋がり……といった要素とは似つかわしくない音楽と踊りですが、現地ではどのように受け止められているのでしょうか。

モバイル向け動画SNS『快手』にしか投稿が無いのは……

上記の紹介にあたって、YouTubeではなく『快手kuaishou.com)』という日本ではしたしみのないSNSの動画ばかり貼ってしまいましたが、これには理由があります。

記事を書くにあたって、リンクのしやすさや読者の方々のアクセスのしやすさを考え、YouTubeで快八の動画を探そうと試みたのですが、当記事執筆時点ではYouTubeには快八のダンス動画が全く見当りませんでした。

また、中国動画サイトで有名なビリビリ動画(bilibili.com)でさえ、ごく少数の動画が快手から転載されているだけ、という状況です。

なお、快手は私たちもよく知るところの、TikTokとよく似たサービスですが、快手のユーザー層とTikTokのユーザー層はかなり異なっています。 快手のユーザーは都市部の肉体労働者層……高卒未満の学歴や、小都市や農村部の住民が多いという特徴があり、TikTokやビリビリ動画が国際的なサービス展開を事業戦略の柱にしているのとは対照的です。

土着的なムーブメントの『快八』と、土着的な顧客層に支持される『快手』の相性がよかったのでしょう。

快手(kuaishou.com)
快手(kuaishou.com

広場舞(ゴンチャンウー)とは?

一般的な広場舞

広場舞(ゴンチャンウー)について初見の方もいらっしゃるかもしれないので、一般的な広場舞についても解説しておきましょう。

中国では、広場や公園で中高年がダンスをする広場舞と呼ばれる習慣があり、これは特に中高年の女性から絶大な人気を誇っています。

画像は YouTube 全民广场舞, music dance,#加拿大生活,#乐乐健康快乐 より
基本的な広場舞は、ゆっくりな音楽に合わせて踊るものが多い

中国のあらゆる都市の公園や広場には、休日や夕方に集まって、集団で広場舞を踊るサークルが存在しますが、「なんとなく集まった」「面白そうだから混じってみた」という人達が集う比較的ゆるいサークルから、専用のユニフォームを揃えているような結束力の強いサークルまで、そのスタイルはさまざま。

各サークルには、指導員と機材担当を兼ねたサークル長のような存在が居て、サークル長に参加費を支払う事で参加できます。

また、愛好者の多くは中高年女性で、若い男性の広場舞愛好者は多くはありません。

中国の都市にはどこにでも広場舞のサークルがあり、公園や広場で夕方になると近所の中高年が集って踊る風景を見ることが出来ます。 広場舞については筆者が過去に執筆したマンヤオの紹介記事でもすこし触れています。

教育現場における広場舞

広場舞は娯楽なのですが、教育現場でもしばしば用いられています。

広場舞が教育手法として用いられる科目は音楽ではなく体育。ダンスをすることで体力と協調性や団結力を養います。小中学校だけではなく、大学の共通必修科目の体育でもダンス教育が採り入れられることが多いです。

日本の体育教育で用いられている『創作ダンス』とはかなり異なり、上の動画の様に先生や周囲のクラスメートと同期して動くものが大半。また、日本の幼稚園等のお遊戯会の踊りと異なり、リズムとステップに重点が置かれています。

この点で、中国の教育現場で用いられるダンスは、中高年女性の広場舞と基本的には同じものです。

ちなみに、上の小学生たちがやっている踊りは鬼歩舞(グゥイブーウー)と呼ばれるもので、この張鵬飛校長はいつもこんな感じで、気合満々、覇気に溢れています。

広場舞の各種形式

広場舞は集団で踊るものなので、共通の形式がいくつかあります。代表的な形式を幾つか紹介します。

鬼歩舞(グゥイブーウー)

『鬼歩舞(グゥイブーウー)』はオールドスクールなマンヤオで踊る場合によく用いられる形式です。

マンヤオは中国で主流のダンスミュージックです。中国で独自進化したハウスミュージックと考えて頂いて構いません。

上の動画を見て気付いた方もいらっしゃるかもしれませんが、鬼歩舞の元になったダンスはメルボルン・シャッフルです。

比較すると、鬼歩舞は本家メルボルン・シャッフルよりも、使われる楽曲や動きが"まろやか"な傾向があります。

慢三(マンサン)

より、スローテンポでリズムも弱い曲で踊るのが『慢三(マンサン)』。

『慢三』愛好者の多くは女性ですが、社交ダンスのように男女ペアで踊るサークルも多数存在します。 若者の愛好者はほとんどおらず、中高年向けと考えて良いでしょう。

こちらの起源は西洋のワルツを大衆向けに簡略化したもの。ほぼ同様でリズムが異なるものに『慢四(マンスー)』というものもあります。

恰恰小四步(チャチャ・シャオスーブー)

特に中高年女性に人気のある広場舞の形式のひとつが、この恰恰小四步(チャチャ・シャオスーブー)

『恰恰』はキューバ音楽のチャチャチャ(cha-cha-chá)を起源(※)としていて 『四步』はそのまま日本語の四歩と同じ意味合いで、ここでは『4ステップ』を示します。つまり、4ステップで1サイクルになる動きを繰り返す踊りです。

※元々はラテン舞踊のチャチャチャを移入したものなのですが、20世紀後半の台湾でチャチャチャを取り入れたポップミュージックが独自進化し、それが大陸に移入されたという経緯があるようです。また、中華圏の50代前後の人々のチャチャチャの受容には日本の歌手石井明美が歌う楽曲の影響もあります。

中国都市部の公園には複数の広場舞サークルがあるのですが、その中で最も大きな(最もメンバーが多い)サークルは、中華で独自進化したチャチャチャの形式を取り入れている場合が多いです。

中高年女性の広場舞愛好家に対しては、マンヤオ以上の影響力を誇るといっても良いでしょう。

ただし、チャチャチャといっても、広場舞が本場のラテンミュージックで踊る事はめったになく、その9割以上が中国語歌謡チャチャチャのリズムをマッシュアップした音源を用いています。

下記の『32歩広場舞』も恰恰の応用形態の一種。

あらためて『快八』の特徴をまとめる

駆け足ですが、さまざまな広場舞の様式をご紹介したところで、あらためて冒頭の『快八』の特徴をまとめてみましょう。

快八とその他の広場舞との違い

快八は、一般的な広場舞と比べて次の様な違いがあります。

  • 音楽が速い
  • ステップが大きい
  • 移動範囲がかなり大きくダイナミック
  • 8ステップで一サイクルが終了し、それを繰り返す
  • 愛好者は中高年女性に限らず、老若男女問わず多様
  • 若い男性の愛好者が比較的多い点は、他の広場舞とはほぼ対極

快八で用いられる速い音楽は何か?

中国語ポップス、広東語ポップス、Kポップ、英語圏のポップスを中国のリミキサーが四つ打ちにリミックスした音源を用いています。 『速い中国語のダンスミュージック』というとマレーシアのハードコアテクノ『フェンタウ』を思い浮かべる方も居るかもしれませんが、今のところフェンタウは快八に用いられていません。

筆者が快八を知ったのはごく最近ですが、快八に用いられている曲のいくつかは聞いたことがあるものでした。 しかも、それらは5年以上前につくられた曲を、原曲の+20~30%の早回し(再生速度を早く)して用いられています。

冒頭に挙げた動画の音楽の低音が軽く聞こえるのは音源を早回ししているためでしょう。

この動画ではUSB極速男孩、往年の香港スターユニットによる楽曲『虛擬幻象(参考)』で踊っています。

筆者が原曲と聴き比べてみた限り、特にリミックスやマッシュアップした形跡はありません。2000年代にリリースされた曲をそのまま早回しして用いていることになります。

今のところ、快八のダンスのために音楽を創作・供給するリミキサーやトラッカー(テクノやハウスの作曲者)は登場していないようです。 この点からも快八がクリエイター側から出てきたムーブメントではなく、リスナー側から発生したムーブメントである事は明らかです。

快八の独特のステップ

快八の独特の動きは、名前と関係しています。快八を直訳すると『速い八』となりますが、ここでの『八』は『8ステップ』を示します。 先に解説した恰恰小四步の『四歩』が『4ステップ』を示している事と同じです。

動きを解説している動画があるので見てみましょう。

このように、8歩で90度回転する動きの繰り返しです。32歩で360度回転し元の位置と元の向きに戻ります。

大きなステップで動いても隣の人とぶつからないのは、この8×4の動きを周囲の人と同期して行っているためです。

やや早く練習すると下記の動画の様になります。

さらにやや早く練習すると、この動画の様になります。

動き方は理解できても、実際に踊られている速度と幅でやるのは勇気がいりそうですが……。

またまた登場、头狼氏

動き方は理解できても、実際にこの動画のような速さと幅でやるのは勇気が要りそうです。

男性の愛好者も多い

既に述べたように、一般的な広場舞では中高年女性の愛好家が圧倒的に多いという特徴があります。他方で、快八は若い男性の愛好者も珍しくないという特徴があります。

動きが大きい上に速い非常にスポーティーなダンスであることと、早回ししたダンスミュージックには男性的な積極性や力強さがあるためでしょう。

そしてまたもや……力強い踊りと、鍛え上げた肉体を披露する、头狼氏。

前述した一般的な広場舞動画と比べて、スピード感も力強さも段違い。

快八が黒竜江省ハルビン市にのみ存在するのはなぜか?

快八に関心を持ってから、多数の動画サイトや中国語サイトを見たのですが、現在のところ、高速広場舞の快八に関する動画や情報はハルビン市から発信されたものしか存在しないようです。

他の広場舞は東西南北問わず、中華圏の様々な都市で見かけるのですが、快八となると、現在のところ、ハルビン市に限定的なムーブメントです。

鬼歩舞や恰恰は海外に起源があり、また、マスメディアも伝搬に一役買ったムーブメントですが、快八となると、土着的コミュニティで自然発生したものであるゆえ、未だ全国区のムーブメントにはなっていないようです。

昨年夏には既にハルビン市で広まっていたムーブメントなのですが、まだ他の都市には伝搬していません。コロナ騒動で都市間の移動が委縮している事などの原因もあるかもしれません。

今後、都市間移動が再び活発化することであるいは、動画サイトなどのインターネットの力によって別の地域に快八のムーブメントが拡散するかどうかは注目したいところ。

もしくは、この記事を見た皆様が(日本の公園で同じことをすると怒られてしまいますが)私有地などで日本流の快八に挑戦しても、面白いかもしれません。